革の本場イタリアでデザインを

26歳 Away from Home


その後、次のステップとして、革製品の本場で本物に触れるべく、東京でイタリア語を勉強し、単身イタリアへ渡りました。到着後すぐに、有名ハンドバッグデザイナー、ピエロ・グイディの門を叩き、熱意と製造技術を見込まれて、アシスタントデザイナーとして師事することになりました。また、時間を作ってはイタリア各地を旅行し、フレスコ画や教会建築など、様々な角度から知識を吸収しました。


ニューヨークでビジネスを学ぶ

29歳 Center of  the world ニューヨークへ


日本のハンドバッグ卸売り会社「ホワイUSA」に仕事が決まり、ここニューヨークでのキャリアがスタートしました。


33歳 Turning Point


離婚後、アメリカで生きていくことを決めた私は、まず、父の会社で得た技術を見方に、ダナ・キャラン、ロバート・リー・モーリス、カルロス・ファルチなどのハンドバッグ部門にて、デザイナーとして活躍することになりました。。また、同時期に、ファッション工科大学(FIT)で、ジュエリー、靴、帽子のデザインを学び、その後アメリカで特に著名であったブランド「シャリーフ」で、チーフデザイナーとして本格的に活動することになりました。


19歳 ハンドバッグデザイナーの道へ


母の実家は1400年の歴史がある神社で、幼少の頃、そこで過ごすことが多かったわたしは、自然と日本の古都の美に囲まれていました。一方、そんな環境とは対照的に、母は洋画しか観ない人で、洋裁の得意なセンスの良い人でした。わたしは、彼女のデザインするお洋服を着た、学校で一番おしゃれな女の子で、将来はファションデザイナーになりたいとの想いを抱いていました。


高校卒業を迎え、将来を現実的に見つめたとき、“わたしだからできること”、“わたしにしかない環境”を突き詰め、行き着いたのが、父が和装小物を製造する会社を経営していることでした。自分を表現するための強いオリジンを見つけたわたしは、19歳でハンドバッグデザイナーという仕事を選び、いつか自分のブランドを立ち上げるという夢を掲げて歩き始めました。


それから8年間、夜はデザイン学校に通いながら、昼は父の会社で徹底してバッグ作りを学びました。革の扱い方など専門的な技術や生産管理なども、この時期に勉強しました。


40歳 Dream come true オリジナルブランド設立


長年の夢であったオリジナルブランド、「KAZUYO NAKANO NEW YORK」のファーストコレクションは、ニューヨークのワーキングウーマンの間に瞬く間に広がり、流行といえるほどの人気商品となりました。勢いに乗り、数ヶ月後には店舗をオープンし、小売も始めました。当時は、生産、卸、小売りから、デザイン、経営と、無我夢中で走り続けていました。そして翌年、わたしのバッグは、憧れの高級百貨店「バーニーズ」、「ヘンリー・ベンデル」、「ブルーミングデールズ」「サックス・フィフス・アベニュー」などで売られるようになりました。そして、これを機に、「VOGUE」、「ELLE,」、「WWD」などのモードなファション誌にも掲載され始めました。

悲劇と混沌、不況に耐えて

アメリカ国内で成功をおさめた後は、パリでのショーなど、海外進出も図りました。日本からの贔屓客も増えたことは、私にとって最も誇りに思えることでした。こうして全てが順調に進んでいたところへ、あの日はやってきました---「セプテンバー・イレブン」。お店のあったエリアは、3日間立ち入り禁止。自宅からも3か月間避難するよう命ぜられました。直後の混沌は、経済に最悪の影響をもたらしました。




42歳 Re-Start


それまで強く希望していた日本でのライセンシー事業が実現したのも、この時期です。経営拡張に伴い、店舗を約3倍に広げ、ソーホー地区へ移転しました。アメリカでの取引先も安定し、日本での売り上げも着々と伸びていきました。


 

47歳 Contribution to the society


オリジナルブランドが軌道に乗ったら、何か社会に役立つことを、特に女性の自立のサポートをしたいと願っていたわたしは、夫の教え子を通じて、ケニア女性の自立推進のためのデザインと販売をする活動に巡り会い、最近では、ニューヨークの大学で、デザインとそのブランディング、ファッションにおける国際ビジネスなどについて講演し、若い世代の教育にも関わらせて頂いています。また、乳がん撲滅と早期発見のための啓蒙キャンペーン、「ピンクリボン運動」にも取り組んでいます。


 

52歳 New Market


リーマンショック直後、世界規模の不景気が流通業界を圧迫する中,

テレビ通販という流通経路を新たに開拓。日本の大手テレビ通販番組である「ジュピター・ショップチャンネル」にて、トータルファッションとしての「ニューヨーク流エレガンス」の提供を開始する。



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昨今は、日本の次世代の起業家育成にも情熱を傾けており各地で講演を開催している。


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日本企業の海外ファッション市場への進出事業を設立、日,伊、米の市場で30年以上活躍してきた経験や情報を国内ファッション業界に還流し、産業の発展に寄与する目的があり、日本国内のバッグメーカーとの取り組みが始まっている。


Pelle Borsa Kazuyo Nakano New York 爬虫類コレクション発表

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